HBVの増殖機序

HBVの増殖機序

1 HBVとは
• ヘパドナウィルス科に属するゲノム全長3.2kbのDNAウィルス.
• 外皮(エンベロープ)と核(コア)部分の二重構造の球形.
• ゲノムDNAは一部が一本鎖構造の環状不完全二重鎖.
• ゲノムDNA中に4種類のORF(Surface(S)遺伝子,Core(C)遺伝子,X遺伝子,P遺伝子に相当する)が存在し,reading frameをずらして異なるタンパク質を翻訳する.

(1) S遺伝子 
エンベロープ蛋白(S抗原)とpreS(preS1/preS2)領域をコードする.
• 3種類の外皮蛋白を産生する.
• ①large S蛋白(preS1-S2とS領域),②middle S蛋白(preS2とS領域),③small S蛋白(S領域のみ).
(2) C遺伝子
• コア蛋白とpreC領域をコードする.
HBc抗原と可溶性e抗原を産生する.
• preCのN末端2/3はシグナル配列と考えられ,e抗原はこのシグナル配列と考えられ,e抗原はこのシグナル配列とCore蛋白のC末端の一部がとれて産生される.
(3) P遺伝子
• ウィルス固有のDNAポリメラーゼをコードする.
• このDNAポリメラーゼは,①DNA依存性DNAポリメラーゼ活性,②逆転写酵素活性,③RNaseH活性をもち,マイナス鎖の5’端に結合してプライマー蛋白となる.
(4) X遺伝子
• 16.5kDaのX蛋白質をコードする.
• X蛋白質は,①転写因子や転写領域の活性,②シグナル伝達活性の調節,③プロテオソーム活性,④C遺伝子発現調節を介してウィルス増殖や発癌にも関わっていると考えられている.

2 HBVの複製
2.1 感染と細胞内への取り込み
HBVウィルスが肝細胞表面へ付着するために,外皮を構成するpreS/S蛋白が必須.外皮構成蛋白と肝細胞膜各種受容体との結合活性について研究されている.
• ウィルスが肝細胞表面へ付着した後,エンドサイトーシスにより細胞内に取り込まれる.侵入の際にエンベロープ蛋白が外れ,細胞質内にHBVウィルスDNAを含むコア粒子がむき出しになって侵入する.
2.2 DNAの完全複製と転写
• コア粒子が細胞質を通過し,核内に移行する.
• 宿主細胞のポリメラーゼにより不完全二本鎖DNAのプラス鎖の一本鎖部分が修復され,閉環状二本鎖DNAとなる.
• このDNAの(-)鎖DNAを鋳型として,宿主のRNAポリメラーゼを利用して長さの異なる4種類のmRNAが作られる.
2.3 Viral RNAからの翻訳とウィルス蛋白
(1) 3.5kb mRNA
• プレゲノムRNA
HBVゲノムDNAの鋳型となる.
• Core mRNA,pre-core mRNA,ポリメラーゼ mRNAを含む.
• これらのRNAからHBVゲノムを包むコア蛋白やDNAウィルスポリメラーゼが翻訳される.
(2) 2.4kb mRNA
• Large S蛋白が翻訳される.
(3) 2.1kb mRNA
• middle S蛋白とsmall S蛋白が翻訳される.
(4) X mRNA
• X蛋白が翻訳される.
2.4 HBV DNAの合成
(1) 逆転写酵素によるマイナス鎖DNAの合成
• プレゲノムRNAの5’端のepsilon配列(60塩基のstem and bulge構造)にウィルス由来のポリメラーゼ蛋白(逆転写酵素)が結合する.
Bulge部分を鋳型として,3~4塩基のoligo DNAが合成される.<priming>
• ポリメラーゼ・Oligo DNA複合体が3’端にジャンプしてDR1配列の位置からDNAの伸長が始まる.
(2) RNAプライマーによるプラス鎖DNAの合成
• マイナス鎖合成後,プライマーRNA(プレゲノムRNAの5’末端に由来するキャップのついた17ヌクレオチドがDR1からDR2にジャンプして用いられる.)により合成される.
• プラス鎖の合成はDR2から約240ヌクレオチド進んだところで鋳型であるマイナス鎖の5’端に到着するので,更に,DNA鎖を伸長させるため,マイナス鎖の両端にある重複を利用してマイナス鎖の5’端から3’端へ分子内鋳型乗り換えが行われる.
• このようにプレゲノムRNAより逆転写酵素によりマイナス鎖DNAが合成され,これを鋳型としてプラス鎖DNAが合成され,開環状二本鎖DNAが完成する.
2.5 ウィルス粒子の形成
(1) コア粒子
• 上記のHBV DNA合成はウィルス由来コア蛋白より形成されたコア内で行われている.
• コア粒子は表面に規則的な突起構造を持つ内部空洞を有する球体で,多数の細孔を持ち,この細孔を通して,ウィルスDNAの合成と複製に必要な物資の移動が行われる.
(2) 外皮蛋白
• コア粒子が小胞体を通過する際に外皮蛋白で覆われる.
• Large S, middle S, small S蛋白(HBs抗原)は合成された後,小胞体の脂質二重膜を貫通した状態で存在する.
• Large S蛋白のpre S1とpre S2領域は小胞体の細胞質側に存在し,コア粒子が小胞体を通過する際にコア粒子の表面の突起構造と結合し,ウィルス粒子の構造を決定する.
• ウィルス粒子のこの構造は,小胞体通過中または通過後に再編される.
• Large S蛋白のpre S領域は後にウィルス粒子の表面に露出する.
• このように完成したウィルス粒子(Dane粒子)はゴルジ体を経て細胞外に分泌される.

3 宿主遺伝子への組み込み
• マイナス鎖の合成が終わり,プラス鎖が合成されるときにRNAプライマーのジャンプが起こらず,そのままプライミングが進行する場合があり,その結果産生された線状二本鎖DNAが宿主DNAに結合したときに組み込みが起こる.
• 組み込まれたウィルス遺伝子からの蛋白複製,主としてX蛋白を介して,細胞増殖やウィルス増殖に影響する.

4 複製制御
4.1 プレゲノムRNAおよびpre-C mRNAの転写調節
• プレゲノムRNA転写はCore promoterとその上流に位置するシスエレメントによって調節される.Core promoterおよびその上流の調節領域にはいくつかの配列が存在し,一般的な転写因子と共に,監督胃的な転写因子(転写因子Sp-1,アルブミン上流promoter転写因子(COUP-TF1),HNF-3, HNF-4等)と相互作用する.
• Pre-C mRNAが同一領域から転写されるが,この転写は独立してコントロールさせている.
• Core promoter領域の1762,1764の二重遺伝子変異はHBV関連発癌に見られることが多く,core promoter内のHNF-4結合部位を変化させたり,HNF-1結合部位を導入することにより,pre-C mRNA転写の減衰,さらにはウィルス複製の抑制に関係する.
4.2 HBs抗原転写物の調節
• 感染した肝細胞における2.4kbのmRNA濃度は2.1kbのmRNA濃度は2.1kbよりも低く調節されており,このために生じた各種S蛋白相対量の違いが効率的なDane粒子分布に貢献する.
• 2.4kb mRNAはS1 promoterの制御下で転写され,HNF-1, HNF-3, NF1などの転写因子によって影響を受けている.
• 2.1kb mRNAはS2 promoterにより転写が開始されるが,このpromoterにはCCAATモチーフが存在し,このモチーフは2.1kb mRNAの転写を促すだけでなく,2.4kb mRNA転写に対しては,逆に抑制的に働き,両者の相対量を調節している.
4.3 HBx転写物の調節
• HBxをコードする0.9kb mRNAの転写はその上流に位置するX promoterの調節を受ける.X promoterには転写因子NF-1, C/EBP, ATF, AP1/Jun-Fosとの結合部位を有するシスエレメントが含まれ,また癌抑制遺伝子であるp53はX promoterに結合し,転写に抑制的に働く.
4.4 HBVのenhancerによる調節
HBV遺伝子の発現は,promoterによる調節に加えて,enhancerI, IIによる調節も受けている.
• Enhancer Iは,S及びX ORFの間の120bpの配列であり,方向非依存的に転写を促進する能力を有し,pre-CおよびHBx mRNAの転写に影響する.
• Enhancer IIは,core promoterの上流に近接し,S promoterやX promoterによる転写活性を促進している.
• これらのenhancerは転写因子NF-1, C/EBP, HNF-3, HNF-4, FTF, HLF, F4BP4, SP-1等により,その活性が影響を受ける.
5 その他
 このようにHBVの転写は数種類のpromoterやenhancerまた,様々な転写因子により調節されている.この転写調節のバランスを崩すことはウィルス複製を阻害する方法の一つとなると考えられる.



BIO Clinica 21(5),2006,18