L-ヌクレオシド光学異性体の抗ウィルス薬としての利用

L-ヌクレオシド光学異性体の抗ウィルス薬としての利用-ミニレビュー-

Antiviral research 71(2006)276-281
Chiristophe Mathe


要旨

 非天然型のL-立体構造をもつヌクレオシド類縁物質が生理活性をもつのを発見したことは,抗ウィルス化学療法にとっては大きな進歩であった.その一つであるlamivudine(3TC)は,HIV,HIVの治療薬として初めて認可されたL-ヌクレオシド光学異性体である.その他のL-ヌクレオシド類縁物質も抗ウィルス薬として現在臨床開発が進められている.


背景

 数十年にわたりヌクレオシド類縁物質を化学的,生物学的に研究した結果,ウィルス感染症に対する化学療法について現在までに様々な知見が得られている.抗ウィルス活性を持つヌクレオシド類縁物質の研究においては,複素環式塩基の構造修飾と天然型ヌクレオシドの糖残基の化学修飾について主に検討されている.後者の場合,主な修飾は(2-deoxy)-D-ribofuranose残基に施され,例えば,hydroxyl基の立体配置の転化,脱離によるdedeoxy-,dideoxy-didehydro-nucleosideへの変換,合成化学官能基による置換と官能基化,環状糖の開裂によるアシル化ヌクレオシドへの変換がある.その他の構造修飾も試みられており,メチレン基や環状酸素の硫黄原子による置換,それらの転移や,糖残基中の第二ヘテロ原子をさらに付加することが検討されてきた.現在のところ,ヌクレオシド類縁物質はHSV,HIV,HBV,HCV,HCMV感染といったウィルス感染症の治療薬として群を抜いて優れた特性をもつ.ウィルス感染症の治療薬として現時点で正式に認可されているヌクレオシド類縁化合物をFig1に示した.

 ヌクレオシド類縁物質は細胞内でリン酸化をうけて5'-triphosphateになり,活性を示す.これはウィルス特有のポリメラーゼと相互作用し,それぞれの酵素反応において競合阻害剤や選択的基質となり,ウィルスの核酸鎖の伸展を妨げる.長い間,天然型のD型構造とるヌクレオシド類縁物質だけが生理活性をしめすだろうと考えられていた.これは,このようなD型の物質が天然のヌクレオシドと似ており,光学選択性をもつ生体の酵素が反応すると考えられたからである..

 90年代に入って,これは考え直され,L-型ヌクレオチド立体異性体(天然のD型ヌクレオシドと重ね合わせることができない鏡像体であり,右手と左手のようなもの)は新しい抗ウィルス剤と見なされるようになった.L-ヌクレオシド類縁物質の初めての合成は1964年に報告されているのだが,L-ヌクレオシド類縁物質が注目を浴びるのはlamivudineの発見までなかった.この発見の後,多くのL-ヌクレオシド類縁物質が合成されその抗ウィルス能について検討された.これらの重要な研究からL-ヌクレオシド類縁物質の好ましい特徴として,それぞれのD-体に匹敵するか時には上回るような抗ウィルス能,より安全な毒性,そして代謝に対する安定性がある.このミニレビューでは,抗ウィルス薬として臨床試験中や非臨床試験段階にあるL-ヌクレオシドの生物学的な特徴と現状について簡単にまとめる.


L-ヌクレオシド類縁物質の抗HCMV剤としての利用

 ヘルペスウィルスへの感染は人において最もありふれて容易に伝染しやすいウィルス性疾患の一つである.ヘルペスウィルスにも多くの種類があることが発見されており,それらによって引き起こされる病気に対する治療薬を用いることは臨床上メリットがある.ヒトサイトメガロウィルス(HCMV)は8種類存在するヒト感染型ヘルペスウィルスの一つであり,幅広く感染することが知られている.現在のところ,米国では,人口の40%以上がHCMVに感染している.通常健康な人の場合,HCMV感染は無症候性である.一方でAIDSや,骨髄移植患者や臓器移植患者などの免疫無防備状態の患者の場合,この感染は生命を脅かす危険がある.現在のところ,米国では5種類の薬物がHCMV感染に対する治療薬として認可されている.ganciclovir,valganciclovir,cidofovir,foscarnet,formivirsenの5つである.しかし,これらの薬物には,低生物学的利用率や,毒性,耐性といった問題点がある.それゆえ,より生物学的利用能の高い,安全な新しい薬物が必要である.L-ribofuranosyl benzimidazole,1-(b-L-ribofuranosyl)-2-isopropylamino-5,6-dichlorobenzimidazole(maribavir)は強力なHCMVの選択的阻害剤である.foscarnetやganciclovirに耐性をもつHCMV株はmaribavirに感受性がある.すでに完了したフェーズ1試験において,現在認められている抗HCMV薬と比べて,maribavirが認容性が高く,生物学的利用能が高く,毒性が低いことが確認されている.また,フェーズ2試験が2004年7月に開始されている.Maribavirは現在Viropharmaが開発している化合物であり,EBVに対する活性がある.EBVとHCMVの両方に対して有効なのは,ウィルスの成熟過程においてウィルス粒子の放出を阻害するのと同時に,直接間接的にウィルスのプロテインキナーゼを阻害するためである.


L-ヌクレオシドの抗HBV薬としての利用

 WHOによると,3億5000万人以上の人(全人口の約5%)がHBVに慢性的に感染している.HBV感染が引き起こす症状は,ほとんど症状のでない状態から,肝硬変や肝細胞癌等の深刻な慢性肝臓障害まで非常に幅広い.HBVに対する安全で効果的なワクチンが開発途上国で利用可能であるが,慢性的な感染症患者に対するより効果的な治療法の必要性がまだ高い.現在,3薬物(lamivudine,entecavir,adefovir dipivoxil)がHBVの治療薬として認可されており,その他数種類のL-ヌクレオシド臨床試験段階にある.その中で,2'-フッ素化ヌクレオシド誘導体,すなわち1-(b-L-2-deoxyarabinofuranosyl)-5-methyluracil(clevudine)は,HBVとEBVに対する低毒性の有望な薬剤である.Clevudineは現在Pharmasset社が開発中の薬物であり,ウィルス由来ポリメラーゼに作用してヌクレオシドを新しいウィルスDNA鎖に組み込むを抑制し,HBVの複製を阻害する.現在使われているヌクレオシド阻害剤は新しいウィルスDNAへのヌクレオシドの組み込み後に作用して鎖の伸長終結剤として働くのだが,clevudineの作用メカニズムはこれとは異なる.さらにclevudineは正常なヒト細胞のDNAには組み込まれることがなく,ミトコンドリアのγDNAポリメラーゼを阻害することはない.マーモットを用いた実験で,clevudineは持続的で顕著なウィルス抑制を示すとともに,慢性的HBV感染の持続と治療中止後のHBVの再発の原因となるcccDNAの有意な低下を示した.慢性B型肝炎患者を用いたフェーズ2試験(投与量漸増試験)においてclevudineは認容性が高く,投与量を制限するような毒性は認められなかった.アラニンモノトランスフェラーゼの一過性の増大が100mg投与群中の6人の患者で観察されたが,肝臓機能障害の症状は認められなかった.この増加はウィルス抑制に関連していると考えられ,薬物動態学的な特徴も投与量依存的であった.clevudineは多施設無作為のフェーズ3試験が行われている所である.現在までに得られている結果では,HBV患者において高い認容性と有効性が示されている.

 他の2種類のL-ヌクレオシド類縁物質,すなわちtelbivudine,valtorcitabineはいずれもIdenix社が開発中の化合物であり,きわめて特異的で選択性の高い抗HBV薬であり,きわめて安全なことが示されている.これらの基本的な化学構造は,thymidine(dT)およびdeoxycytidine(dC)というDNAを構成する二つの天然に存在するヌクレオシドの鏡像体というきわめて単純なものである.TelbivudineとValtorcitabineはHIVおよびヒトの疾患の原因となる他のウィルスに対する活性を示さない.この特異性のおかげで,HIVのような他のウィルスに同時に感染した患者に投薬しても,これらの他のウィルスに対する耐性が発生する危険性を増やすことはない.さらに,telbivudine,valtorcitabineともに,HBV DNAの+鎖を標的としており,-鎖を標的とするlamivudineとは異なる.+鎖を標的とすることで耐性を持った変異株の出現が遅くなる可能性がある.最近終了したフェーズ2b試験では,1年間のtelbivudine投与により,血中のHBVが検出感度以下にまで低下した患者は61%と,現在標準薬となっているlamivudineの32%を上回った.telvibudineのより高いウィルス抑制効果は開発中の抗HBV治療薬の中でも最も高いものの一つである.さらにこの臨床試験において,HBV関連の肝炎症の指標である血清中alanineaminotransferase(ALT)がtelvibudine投薬群の86%で正常化しており,lamivudine投与群の63%に比べて顕著に高かった.この臨床試験により,ウィルスを早期に抑制することがよい治療結果を得るために重要であることも示された.すべての治療群において,24週間の治療期間中,早期に最も強くウィルスを抑制した群で,セロコンバージョンおよびALT正常化の割合が最も高く,薬剤耐性の発生率ももっとも低かった.Telbivudineは臨床試験において認容性が高く,深刻な有害事象による投薬中止例はこれまでのところ報告されていない.国際フェーズ3試験(GLOBE試験)が現在実施中ですでに患者の登録を終えているが,1350人以上の患者と約135の医療機関が参加している.この臨床試験の早期段階は2005年末には終了しており,telvibudineの1年間投与により,評価したすべてのウィルス由来マーカーは,lamivudine投与より優れていた.Idenix社は同時にvaltorcitabineの臨床試験を実施中である.本薬はHBVの治療のもう一つの候補薬であり,一定量のvaltorcitabineをtelbivudineと組み合わせて投薬するように開発されている.実験ではHBVの実験動物モデルで,telbivudine,valtorcitabineともに強力で高い選択性をもった抗HBV作用を示した.こういった前臨床試験の結果から,この二剤の組み合わせはいづれか単独よりも高い抗ウィルス作用を示すことが示された.Idenix社はtelbivudine,valtorcitabineをNovartis社と開発及び市販契約を結んで共同開発中である.2006年にはいってIdenix社とNovartis社は,NDAおよびMAA申請をFDAおよびEMEAに対してそれぞれ行い,telbivudineを慢性B型肝炎治療薬として1日1回600mgの投与量で経口剤として販売許可を求めたことを発表した.

その他のL-ヌクレオシド類縁物質の抗ウィルス薬としての可能性

 EmtricitabineはGilead社がEmtrivaの市販名で上市した薬剤であり,HIV治療で他の抗レトロウィルス薬と組み合わせて使用するが,現在HBVの治療薬として新たに臨床試験を行っている.
 もう一つの5-fluoro-L-cytosineヌクレオシド類縁物質であるelvucitabineも,HIVおよびHBVに対する強力な活性をinvitroにおいて示している.Elvucitabineは現在Achillion社が開発中であり,これまでに行った臨床,前臨床試験のデータは,この化合物が1日1回投薬可能で,HIV治療薬として他の薬剤とともに用いることができる可能性を示している.
 糖残基をフッ素化した二つのヌクレオシド類縁物質,2'3'(-didehydro-2'3'-dideoxy-3'-fluoro-b-L-cytidineおよび2',3'-didehydro-2',3'-dideoxy-2'-fluoro-b-L-cytidineは,現在前臨床試験の段階にある.前者(pentacept)は現在Pharmasset社が開発中でlamivudine耐性のHIV-1,HBVウィルスに対する強力で選択的な抗レトロウィルス作用をもつ.後者は抗HIV-1,HBV活性をもち,毒性もなく,好ましい血中動態と,良好な生物学的利用能をもつ.このような2'-または3'-vinylic フルオロ化ヌクレオシドの開発がさらに進むのは確実であり,HIVHBVに同時に感染した患者に対する治療薬として期待できる.
 最後に,1-b-L-ribofuranosyl-124-triazole-3-carboxamide(levovirin)はribavirinのL-光学異性体でありHCVに対する新規の治療薬としてribavirinの安全性を改良するために開発されていた.LevovirinはValeant Pharmaceuticals International社によって発見された薬物であり,HCVに対する直接的な抗ウィルス作用は示さなかったが,ribavirinと同様またはより優れた免疫調節性特性を示している.Roche社がlevovirinの早期臨床試験を実施していたが,フェーズ1,2臨床試験でよい結果が得られず開発を中断した.Roche社はR1518のフェーズ1を実施中であるが,これはlevovirinのエステル化プロドラッグである.

結論

抗ウィルス化学療法における新薬開発により,様々なウィルス感染に対する効果的な治療法が生み出されてきた.特にヌクレオシド類縁物質は数十年にわたって抗ウィルス治療の重要な武器であった.新しい安全で効果的な薬剤を探索する上でL-ヌクレオシド類縁物質の発見は大きな進歩であった.一般的に,これらの物質はほとんどの場合,天然型のD体に比べてより毒性が低く,代謝に対する安定性に優れている.結果的に複数のL-ヌクレオシド類縁物質は現在も抗ウィルス薬として開発中であり,そのいくつかはここ数年の間に抗ウィルス治療に用いられることになるだろう.ありがたいことに,L-ヌクレオシド類縁物質の化学療法における能力は抗ウィルス薬の分野に限定されていない.例えば,L-adenosineやL-ribothymidineといったunnatural L-ヌクレオシドマラリアに対する化学療法への応用が期待できる.さらにtroxacitabineはBioChem Pharma社が発見しShire BioChem社が開発した薬物だが,現在はTroxatylという商品名でSGX Pharma社が膵臓癌および骨髄性白血病の治療薬として許可をもらっている.