RNA干渉による培養細胞およびマウスにおけるB型肝炎ウィルスの阻害


RNA干渉による培養細胞およびマウスにおけるB型肝炎ウィルスの阻害.

Ruo-Su Ying

要旨

 現在用いることのできる慢性B型肝炎HBV)に対する治療法の効果は限られたものでしかない.近年,ウィルス特有の遺伝子に対するRNA干渉(RNAi)が,有望な抗ウィルス作用として注目されている.我々は本研究において,培養細胞系およびマウスを用いたHBV複製モデルにおいて,表面抗原(HBsAg)およびコア抗原(HBcAg)を標的としたHBV特異的な21-bp short hairpin RNAs(shRNAs)の効果について検討した.
 細胞培養液およびマウス血清中におけるHBsAgおよびB型肝炎e抗原(HBeAg)を時間分解型免疫蛍光法により評価した.また,細胞内HBcAgを免疫蛍光法により,マウス肝臓中のHBsAgおよびHBcAgを免疫組織化学分析法により,HBV DNAを蛍光発生定量ポリメラーゼ連鎖反応法(FA-PCR)により,HBV mRNAを半定量的逆転写酵素PCR法によりそれぞれ評価した.
 shRNAによる形質移入(トランスフェクション)はRNAi反応を誘導した.分泌されたHBsAgは,培養細胞系では80%未満に,マウス血清中では90%未満に減少した.HBeAgも顕著に阻害された.免疫蛍光法により細胞内検出されたHBcAgは76%減少していた.免疫組織化学的検出法により,肝組織中にはHBsAg陽性細胞は認められず,shRNA-1に対するHBcAg陽性細胞が70%以上減少した.shRNA-2に対しては,HBsAgおよびHBcAgの相当な減少が認められた.shRNAによりウィルス性mRNA量が対照群に比べて顕著に阻害されていた.HBV DNAはshRNA-1に対しては40%以上低下し,shRNA-2に対しては60%以上減少していた.
 RNA干渉はin vitro及びin vivoにおけるHBVの複製と発現を阻害することができ,HBVに対する新規の治療法となる可能性がある.


1.経緯

 B型肝炎は現在においても重大な医療上の問題であり,特に中国のような発展途上国においてはそうである.HBV感染患者の数は,世界全体で3.5億人と推定されており,中国では感染率は9.8%にも及んでいる.よく知られていることだが,慢性B型肝炎により,相当な割合の患者が悪化して肝硬変や肝細胞癌になる.現在の所,慢性B型肝炎インターフェロンやlamivudine,entecavir,adefovir dipivoxilといった核酸アナログにより治療されている.しかし,このような治療法には欠点があり,例えばインターフェロンでは副作用,lamivudineの長期投与では耐性菌の出現が問題である.従ってHBV複製を効果的に阻害する新規の治療法を作り出すのは緊急課題である.
 最近の研究では,ほ乳類細胞中で小干渉性RNA(siRNAs)により引き起こされるRNA干渉により,転写後の遺伝子発現停止現象が引き起こされ,これによりHBVの複製が阻害されることが示されている.RNAiは,細胞室内の長い二重鎖RNA(dsRNAs)がウィルスの感染または転位性遺伝子または導入遺伝子により作り出され,これが不活性化のための標的となる過程である.長いdsRNAsはDicerと呼ばれるRNaseによって21-23個のnucleotide(nt)からなる二本鎖のガイドRNAになり,さらにRNA誘導型遺伝子発現停止複合体(RISC)に組み込まれる.RISC複合体はガイドRNAを使って細胞内で相同的RNAを見つけ,RNAを切断する.合成siRNAとDNAの鋳型からinvivoで転写されたショートヘアピン型RNA(shRNA)は,培養細胞にDNAを形質移入した時に,遺伝子の特異的な発現停止を引き起こす.RNAiは進化の過程で保存されており,幅広い真核生物の組織で発見されている.それゆえ,RNAiのこのような特性は,HBVのような感染性のウィルスの複製過程を制御する可能性を開くと考えられる.本研究において,HBVの二種類の異なるRNAiの標的部位を選択し,培養細胞系及び動物実験の両方において,HBV複製に及ぼすRNAiの効果を検討した.

2.結果
2.1 RNAi標的部位の選択

 二つのRNAi標的シークエンスを,主要なHBVの遺伝子型であるadr,adw,ayr,aywの間の保存状態を元に選択した.それぞれのshRNAは,コア抗原とポリメラーゼに対応するmRNAと同じようにHBVの遺伝子複製の鋳型として働いているpregenomicRNAを標的とする.さらに,shRNA-1はHBV S抗原のmRNA,shRNA-2は,コア抗原とポリメラーゼをコードする重複した領域のpregenomicRNAを標的とする.

2.2 培養細胞におけるshRNAによるHBV抗原の阻害

 shRNAのHBV遺伝子発現に対する効果を評価するために,HepG2.2.15細胞を用い,異なる量のshRNA-1,shRNA-2,または関連のないshRNA-3をトランスフェクとした場合の,トランスフェクションから72時間後に培養液中に分泌されたHBsAgとHBeAg量を測定し,用量反応性を調べた.shRNAをそれぞれ1,2,4μgトランスフェクとしたところ,HBsAgの発現量は,空のベクターをコントロールとして比較すると,shRNA-1に対しては,75,82,89%低下し,shRNA-2に対しては74,80,85%低下していた(P<0.01).同様に,HBeAg量はshRNA-1に対しては32,38,43%低下し,shRNA-2に対しては49,62,69%低下していた.
 shRNAがHBV遺伝子発現を抑制する期間を調べるために,培養細胞中のHBsAgおよびHBeAg濃度を,shRNA-1のトランスフェク後,1,2,3,7,14,21日後に測定した.その結果,HepG2.2.15細胞に2μgのshRNA-1を加えた場合,HBsAg分泌量は1,2,3日目に無処置群と比較して55,81,88%低下し,HBeAg量は30,39,51%低下した.しかし,3から7日目については,HBsAg,HBeAgの変化は認められなかった.14日目には,阻害率は,HBsAgについては45%に,HBeAgについては32%にそれぞれ低下していた(P<0.01).21日目には阻害効果は認められなかった.

2.3 shRNAのHepG2.2.15細胞中HBcAg量に与える影響.

 細胞内HBcAgに与えるshRNA-2の効果を,免疫細胞化学的方法により画像的に評価したところ,細胞質及び核の両方に明らかに局在化した染色が認められた.染色強度は細胞内HBcAgの量を反映し,shRNA-2/metafectene複合体を処置した細胞では顕著に低下していた(72時間で76%まで低下していた).対照的に,すべての対照群の細胞は顕著に染色されていた.

2.4 shRNAによるHepG2.2.15細胞中HBV RNAの抑制

 HBVのshRNA-1による標的部位は,3つのHBV領域,すなわち3.5-kb,2.40kb,2.1-kbの領域に局在している.shRNA-1のHBsAgおよびHBeAg発現量に及ぼす影響を確認するために,HBV RNA量の低下について検討した.半定量的なRT-PCR分析を,shRNA-1または無関係なshRNA-3をトランスフェクとして72時間後のHepG2.2.15細胞から抽出したRNAを用いて行った.その結果,shRNA-1により,すべての領域で低下が観察された.1,2,4μgのshRNA-1を加えた場合に,shRNA-トランスフェクとした細胞では全mRNA量はそれぞれ30,70,90%低下していた(P<0.01).対照として偽トランスフェクとした細胞を用いた.shRNA-2は,1,2,4μgのshRNA-2をトランスフェクとした細胞の場合,3.5-kbのpregenomic RNAのみ,70,80,90%低下させた(P<0.01).

2.5 HepG2.2.15細胞におけるHBV DNA量のsiRNAによる阻害

 HepG2.2.15細胞培養液中のHBV DNA量をFQ-PCR法により分析した.1,2,4μgのshRNA-1で処置したところ,それぞれ30,43,49%減少していた.一方shRNA-2を用いた場合は36,63,72%の低下であった.(P<0.01) 細胞を無関係なshRNA-3で処理した場合には,HBV DNA量の低下は認められなかった.shRNAの効果を経時的に調べたところ,ウィルスDNA量はsiRNAトランスフェクション3日後でも明らかに減少していた.

2.6 shRNAによるin vivoにおけるHBV抗原量の阻害

 invivoにおけるHBVに対するshRNAの阻害作用について確認すると共に,その最適濃度を検討するために,マウスを用いて尾静脈にpHBV60μgを15,25,35μgのshRNA-1とともに注射したところ,1日後の血清中HBsAg濃度はそれぞれ28.22, 4.62, 16.58ng/mlであった.もっとも阻害作用が高かったshRNA-1濃度は25μgであり,HBsAg量を96%低下させた.対照として,pHBVおよび空ベクターを注射したマウスの血清中濃度を用いた.
 速度論的な解析により,shRNA-1(25μg)の血清中HBsAg濃度に対する阻害効果が,注射1日後で96%ともっともたかく,その後わずかに減少するものの,3日後でも93%であった.sRNA-2のHBsAgに対する阻害効果は,shRNA-1に比べて1日目,3日目でそれぞれ90,82%と,比較的弱かった(P<0.01).無関係なshRNA-3は,HBsAg量への影響を示さず,shRNAの効果が特異的であることが示された.
 RT-PCR法を用いて,shRNAによる,注射後のマウス肝臓中のウィルス性RNA量に与える効果を検討した.shRNA-1を投与したマウスでは,平均して86,97%(P<0.01)の低下が観察された.これはHBV S-mRNAの全体量であり,投与後1,3日後に測定し,無処置群のマウスの結果を対照とした.さらに,shRNA-2処置マウスはHBV C-mRNA総量においても平均して66.89%(P<0.01)の低下を示した.しかし,無関係shRNA-3では阻害効果は認められなかった.
2.7siRNA-によるin vivoにおけるHBV DNA量の阻害

 投与したマウスの全血清中DNAを用いてFQ-PCR法による分析を行った.1日目にHBV DNA力価は約3log減少した.このことは,shRNA-2の顕著な抗複製効果を示している.この阻害効果は3日目に減少していたが,それでも100倍を超える阻害作用が以前認められた.一方でshRNA-1の阻害効果は47,40%であったし,shRNA-3ではHBV DNA力価への効果が認められなかった.この結果から,shRNAのウィルス複製に対する顕著な阻害作用が,少なくとも注射後3日間は認められ,shRNA-2がより効果的であることが示された.

2.8 マウス肝中HBsAg,HBcAg発現に対するshRNAの効果

 shRNAのHBV抗原に対する効果を,組織学的に,免疫組織学的染色法により検討した.コントロール群に対して,HBsAg陽性細胞はshRNA-1処置マウスの1日目では認められなかったし,HBcAg-陽性細胞の割合は79%低下した.shRNA-2処置マウスの場合,HBsAg,HBcAg陽性細胞は,55.7%,92.0%それぞれ低下していた.投与後3日で,HBsAg陽性細胞は認められず,HBcAg-陽性細胞はshRNA-1処置マウスでわずかに認められただけであった.一方でshRNA-2処置マウスでは同様の結果が1日目に認められた(P<0.01).対照的に,無関係shRNA-3処置マウスでは,抗原に対する阻害効果は認められなかった.

3 Discussion

 HBVはDNAウィルスであるものの,その複製には,pregenomicRNAからウィルスDNAを合成するために逆転写という重要なステップが必要である.従ってHBVは,転写後だけでなく複製の段階でもsiRNAの影響を受けると考えられる.RNAiのHBV複製に与える影響を培養細胞系で検討した.本研究ではHepG2.2.15細胞系を用いたが,これはウィルス遺伝子発現及びウィルス複製が行われ,HBV複製のinvitroモデルとなる細胞系である.いろいろ理由があるが,現在入手可能なHBVの動物モデルにはそれぞれ不十分な点がある.DHBV,WHVは遺伝的に,HBVから分かれたものである.チンパンジーを用いる実験はコスト,入手の容易さ,倫理的な面から制限される.一方で,トランスジェニックマウスは免疫的にウィルスに耐性がある.水力学的マウスモデルが,このような実験的上の難点を軽減し,一定の期間,HBVの複製がおこることが報告されている.この種の簡便な動物モデルがHBVに対するRNAiの研究に用いられてきた.in vivoにおいて,BALB/cマウスに尾静脈より水力学的に,HYBV genomic plasmid pc DNA3.1-HBVを投与すると,HBV DNA産生およびHBsAg分泌が結果的に起こる.
 HBVのS領域上流は理想的な標的部位である.これは,変異に対する感度が低いだけでなく,主要なウィルス性転写物によって共有されていることも理由の一つである.C領域は,ウィルスの複製において重要な働きをしている.さらに,3.5-kbのmRNAは,コア蛋白/HBeAgおよびポリメラーゼ逆転写酵素のために機能しているのみならず,逆転写に対する鋳型として機能している.それゆえ,本研究では,我々は二つのRNAi標的部位を選択した.すなわち,小s抗原のATG転写開始部位の7-29塩基下流から延びる領域を標的とするshRNA-1,C抗原のATG転写開始部位の193-211塩基下流からのびる領域を標的とするshRNA-2である.いずれも,3.5-kbの転写物を標的とする.
 in vitroにおいて,用量反応実験で,shRNAによる培養細胞中のHBV遺伝子発現の阻害が,用量依存的で特異的であることが示された.そして,その効果が14日間持続することが示された.それにもかかわらず,化学的に合成されたsiRNAは一過的であり3-4日しか続かないと考えられている.培養細胞の免疫染色により,HBVの培養液中のマーカー量の減少とHBcAg陽性細胞の減少した数との間に強い関係があることがわかった.RT-PCR法により,全HBV転写物が減少し,これが用量依存的であり,培養液中の抗原量の減少と強く創刊していることが示された.shRNAのトランスフェクションにより,結果的に,ウィルス性DNA合成が同時に減少することが示された.
 in vivoにおける検討から,shRNAにより,ウィルス性抗原,mRNA,DNA量が,コントロールに対して顕著に阻害されていた.肝細胞における遺伝子発現停止の阻害効果は,その培養細胞株にくらべて高かった.この機構は明らかではない.肝細胞がほとんど分裂せず,細胞分裂によりshRNAが希釈されないことが理由として考えられる.
 本研究により,shRNA-1はHBeAgおよびHBV DNA量のいずれも低レベルながら阻害することが示され,ウィルス複製においてC領域が重要な役割を果たしている可能性が示された.shRNA-2はさらにHBsAg量も減少させる.これは逆転写の鋳型となる3.5-kbの転写物を標的とすることによる.HBVに対するinvitroにおけるRNAiの研究はinvivoにおける研究とあわせて主にGiladi,McCaffreyによるものである.Giladi等は同じHBV S領域を標的部位として選択し,その結果,我々と同様の結果を得ている.しかし,我々の検討では,反応の持続時間がより長かった.これは,おそらくsiRNAでなくshRNAを選択したことによるものである.shRNAとsiRNAの違いについては,さらに検討が必要である.McCaffrey等の検討結果と比べると,我々は異なるC領域を標的部位として選択し,劇的な効果が認められた.この結果は将来的なHBVの干渉標的部位の選択を検討する上で有益である.
 さらにshRNAのHBV遺伝子発現に及ぼす阻害効果の特異性を内因性遺伝子への影響を避けて確認するために,c-fos遺伝子を無作為に選択し,c-fos mRNA量を測定した.c-fosは速反応型内因性遺伝子として初期より知られていた遺伝子である.我々は,shRNA介在による遺伝子発現停止が,標的となるmRNAにたいして精巧に配列されて特異的なものであり,内因性遺伝子の変化を引き起こさないことを示した.Chi等も同様の結果を報告している.
 B型肝炎は現在でも中国における医療上の大きな問題であり,HBV感染を抑えるための新規の方法を見つける必要がある.現在のHBVに対する治療法,インターフェロンやlamivudine投与といった方法は,限定的な効果しか得られていないし,いくつか欠点もある.RNAiはこれらの欠点を克服できる見込みがある.まず,RNAiは非特異的な細胞内反応の活性化を起こさずに,特異的に標的遺伝子を阻害することができ,好ましくない副作用が最小になる.第二に,RNAiの設計においては,耐性菌を作り出すようなウィルスの能力を抑えるような保護領域が標的となる.異なる配列を同時に標的とする複数のsiRNAをを導入することで,このウィルスの能力を抑制できるだろう.さらに,siRNAはウィルスの複製が不活発であっても機能し,lamivudineとともに使用する免疫賦活剤として,最適な候補である.さらなる検討が必要であるが,本研究において,RNAiがinvitro,invivoのいずれでもHBVの複製と発現を阻害することができ,HBVに対する新規の強力な治療法になることが示された.